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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)647号 判決 1970年7月16日

上告人

中弘興業株式会社

代理人

兼子一

尾崎行信

被上告人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人兼子一、同尾崎行信の上告理由第一点について。

論旨は、要するに訴外株式会社岡谷組が被上告人から請け負い施行していた本件林道開設工事による落石のため上告人の水力発電施設に損害を生じたことについて、右工事の注文者たる被上告人に故意または過失があると主張し、右過失を認めなかつた原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の判断の違法をいうものである。原判決の認定したところによれば、岡谷組は、三十数年間主として官公署の土木建築工事を請け負い施行してきて昭和二九年当時長野県内で一、二位の請負高を有していた土木建築専門業者であり、被上告人から昭和二八年度横川林道第一期工事をも請け負いこれを完成したものであつて、被上告人(担当者・長野営林局長)はこのような事実により岡谷組を本件林道工事の請負人に指名したものであること、被上告人は、岡谷組に対し、被上告人作成の設計図および仕様書に基づいて工事をするよう注文したのであるけれども、右設計図および仕様書が、それ自体に過誤があり、これに基づいて工事を施行するにおいては請負人が注意を尽しても上告人の損害を防止することができないようなものであつたと認めることはできず、本件事故は被上告人の設計自体の瑕疵によつて生じたものとはいえないこと、請負契約にあたり、被上告人は、岡谷組に対し、工事に伴う落石等により上告人の発電所を破壊することのないような措置を講ずべきことを要求し、その措置に要する費用を加算して請負代金額を決定し、岡谷組もその趣旨を諒承して契約を締結したものであつて、岡谷組は自己の責任において事故防止の措置を講ずることを約して工事を引き受けたものとみるべきであり、また、本件工事における岩石の切捨ても、これにつき被上告人が岡谷組に対しなんら具体的指示を与えたものではなく、すべて岡谷組の自主的な判断によつて行なわれたものであること、本件請負契約においては、被上告人は、岡谷組の工事施行に対する監督員を選定することができ、右監督員は、工事の施行に立ち会い、必要な監督を行ないまたは岡谷組の現場代理人に対し指示を与え、さらに、監督に必要な細部設計図もしくは原寸図等を作成しまたは岡谷組の作成するこれら図面等を検査して承諾を与えることができる旨、また、工事施行の順序方法はすべて被上告人の係員の指示によるべく、切取により生じた土石は係員の指示により適当な土捨場に取り捨てる旨が定められており、被上告人は、工事中ほとんど毎日その現場に係員を派遣していたこと、しかし、右のような被上告人の指示監督の権限は、契約書または仕様書に定められた事項に限定されており、被上告人が右の権限を契約に定め工事現場に係員を派遣した目的は、もつぱら本件工事が契約どおりに行なわれることを確保することにあつて、岡谷組が被上告人の係員の指示に従つてのみ工事を進行しうるという趣旨の契約ではなく、したがつて、被上告人が岡谷組に対し岩石の取捨てその他の施工方法について具体的かつ詳細な指示を行なう義務を負うものではないこと、以上の事実が認められるというのであつて、これらの事実の認定判断は、挙示の証拠に照らして肯認することができる。そして、以上のような事実関係によれば、被上告人の注文または指図に過失があつたものとは認められないとした原判決の判断は、正当として是認することができないものではない。所論のように、被上告人が、本件請負契約当時から、本件工事により上告人の発電施設に損害を及ぼすおそれのあることを予知していたものであり、契約上、工事施行方法につき前示の範囲で指示監督の権限を有し、右損害を防止するに必要な措置を岡谷組に指示してなさしめることが不可能ではなかつたにもかかわらず、その措置を具体的に命ずることなしに本件工事を注文し施行させたものであるからといって、この一事をもって、ただちに被上告人に過失があるとすることはできない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

原判決の適法に確定したところによれば、上告人が被上告人(諏訪営林署長)から賃借した発電所敷地は国有林野事業の用に供されている行政財産であり、賃貸借契約締結当時には、被上告人はすでに本件林道工事に着手していて、右工事に伴う岩石の落下等により上告人の発電施設に損害を与えるおそれのあることが予想されたため、右契約にあたり、上告人が自費をもつて落下物に対する防護施設を完備し、落下物による被害については被上告人に対し損害賠償の請求をしない旨の特約をしたというのである。このような場合には、被上告人は、賃貸土地の使用収益を阻害する事態を積極的に排除して、これを使用収益に適する状態におくべき債務を上告人に対して負担するものではなく、上告人がみずから使用収益の可能な状況を確保するかぎりにおいてその使用収益を認容すべき義務を負うにすぎないものであり、したがつて、被上告人が上告人に対して債務不履行の責を負うのは、被上告人の責に帰すべき事由により上告人の使用収益を妨害阻止した場合に限られるものであるとした原判決の判断は、正当として是認することができる。そして、請負人の行為によつて発生した本件事故につき注文者たる被上告人の過失を否定した判断が是認しうることは前述のとおりであつて、上告人の使用収益が妨げられたことは被上告人の責に帰すべき事由によるものではないと解されるから、被上告人の債務不履行の責任を否定した原判決の判断は正当であり、これに所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)

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